トップセールスレディ育成塾TSL塾生の方から、また受講生の方から「朝倉先生は憧れている女性っていますか?」っていうような質問を受けたことがありました。私はその際に「憧れというよりは好きな方がいます」っていうことを話しをさせて頂いておりました。 今朝はその素敵な方の 美しく生きるための31の言葉 から、ピックアップさせて頂いたメッセージを読ませて頂きます。 私の声でお届けさせていただきます。 人生観は母から授かりました。 他人を第一に考えないのは恥ずべきこと。 自分に厳しくないのも恥ずべきこと。 私のことを謙虚だなんて言わないで。 自分に向き合うことで、 人は初めて謙虚になれるのだから。 さらりと演じるなんて私には無理。 どんなに小さな仕草でも、 必死で演じるの。 素朴さと正直さは内側から生まれるもので、 作るものであってはいけない。 このことはずっと心に留めています。 自分の欠点に向き合って、 それを隠そうとしないこと。 そうでなくてほかの所を伸ばすのよ。 誰かに愛され、 自分も人を愛することが出来ると分かっていれば、 年を取ることは怖くない。 本当に怖いのは孤独、そして愛情の欠如です。 目標を持ち、それを見失わず、追い続けることが大切だと思っています。 「神に選ばれた人」なんていない。 私は仕事を愛しいつも一生懸命だった。 自分で物事を考え、生きてきたことは私の誇り。 私の意に反することを強制するなんて、愛する夫にだってできないわ。 成功すればするほど、人は不安になるのだと思う。 幸いにも私には野心も意気込みもなかった。 自分に自信がなかったから、一作ごとに私の自信は膨れたりしぼんだりした。 結婚は唯一無二のもの。 二人の人間が互いの深い愛情に基づいて、一緒に生きるということ。 でも、もし夫が私以外の誰かを必要とするのなら、私は彼にすがりついたりしない。 心から誰かを愛した時、人は全てが上手く行くと思う。 でもいつもそうとは限らない。 千人のお力になることはできません。 でも、一人の命が救えるようならば、私は喜んでそうしたい。 心から愛する人を失えば、最初は耐えられない。 けれども、月日が経つうちに、 痛みがあるからこそ愛する人の姿を 鮮明に思い出せるようになるの 私は父に愛されていたことを知った。 遅すぎたけれど知らないよりは良かったと思う。 私には...
毎週水曜日は、リスナーの皆様からの質問にお答えするコーナーです。 仕事のことや、人生のことで知りたいこと、悩んでいること、お寄せいただいたご質問に私の考えで答えさせていただきます。 1つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。 今日はどんな質問が来ているでしょうか? 今から見に行ってまいります。 ペンネーム、ひまわりさん、40代女性からです。 質問内容です。 こんにちは。 職場での人間関係について、朝倉先生にご意見を伺いたく、メッセージしました。 最近、職場の20代の若い同僚たちから「ひまわりさんって、お母さんみたいですよね」と言われることが増えてきました。悪気はないのだろうし、むしろ親しみを込めて言ってくれているのは分かります。 でも、正直そのたびに複雑な気持ちになります。 子どもがいない私にとって「お母さんみたい」という言葉は少し重たく感じることがあるんです。 「面倒見がいい」とか「安心感がある」といった意味で言ってくれているのだと思うのですが、どこか自分が中年女性としてしか見られていない気がして、少し距離を感じるようになってしまいました。 彼女たちと良い関係を築きたいとは思うものの、この言葉をどう受け止めればいいのか、正直まだモヤモヤしています。 悩むようなことでもないのかもしれませんが、こういう場面での向き合い方や、気持ちの整理の仕方についてアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 はーい、ペンネームひまわりさん、このご質問に対して、チャプターを分けて、チャプターを変えてお話しさせていただきますね。 私が文章を読ませていただいて感じた、率直なことも今日はお話できたらなと思います。 ひまわりさん、ご相談ありがとうございます。 とっても繊細な心の動きを感じるお悩みで、ひまわりさんが同僚の方々との関係性を大切に思ってることが十分伝わりました。 まず、「お母さんみたい」っていう言葉に対して複雑な気持ちを抱かれるのは、当然、自然なことです。人が何気なく口にした言葉でも、自分の経験や状況によって響き方が違うのも事実です。 その感情を否定する必要は全くないと思います。 そんな中で参考になればと思うんですが、まずはですね、ポジティブな意図に焦点を当ててしまうということですね。 ちょっと、いくつかのポイントでお話をしたいんですが、 ま...