2023年7月25日に行われた夏の甲子園・岡山大会決勝戦は、おかやま山陽高校と倉敷商業高校が対戦しました。 同点で迎えた7回2アウトで3番・渡邊主将が放った勝ち越しタイムリーが決勝打となり、4対2で接戦を制しました。 今日は、6年ぶり2回目の夏の甲子園に出場を決めた、おかやま山陽高校・硬式野球部と『おかやま山陽高校硬式野球部部訓66ヵ条』をつくられた堤監督のことをご紹介したいと思います。 「甲子園ではなく野球を愛せ」の部訓おかやま山陽高指揮官の信念と葛藤2020年 Sportsnavi(スポーツナビ)『連載:逆境に立ち向かう球児たち』参考 2006年に就任した堤尚彦(ツツミナオヒコ)監督のもとで17年 夏に甲子園初出場、18年春にもセンバツ初出場を果たした、私立おかやま山陽高校。プロ野球(NPB)にも本格派右腕の藤井皓哉(フジイコウヤ/現・ソフトバンクホークス)を輩出している。 堤監督の経歴は実にユニークだ。選手としては芽が出なかったが都立千歳高(現・都立芦花高/ロカコウ)から一浪を経て東北福祉大でプレー。大学卒業後は青年海外協力隊としてジンバブエ、ガーナ、インドネシアで指導。プロゴルファー・諸見里しのぶらのマネジメント会社を経て高校野球の監督に転身したが、2019年は東京五輪予選に出場したジンバブエ代表監督も兼務した。 そんな異色の国際派指揮官が率いる同校も、コロナ禍によって2020年に入って3回、活動休止を経験した。 ※3回の活動休止 1全国一斉休校措置が決まったことにより3月2日~24日、 2近隣地域で感染者が出たことにより同月27日~4月2日、 3そして緊急事態宣言が全国に拡大したことにより4月17日から 「こんなにユニホームを着なかった時期は監督になってから初めて」というほど、野球をしていた日常は奪われた。 今だから感じる、高校野球のあるべき姿 おかやま山陽高校・硬式野球部には66カ条にもなる「部訓」がある。堤監督が最も大事にしていることが、部訓の前文において端的に示されている。 「本野球部の指導方針は、この66条の部訓に凝縮しています。野球で人間形成などという大きなことは言えませんが、人間がその短い人生の中で腹の底から大好きなことが見つかったならば、人間はその大好きなこととそれに関係する生活の全てにおいて、無理することなく謙虚に素直に向き合えると信じ
あまり マイナスの話はしたくない私ではありますが、これはどうしてもシェアしておきたいなと思う事柄がありました。Voicyリスナーの皆様にお伝えさせてください。 10時30分ラストオーダーのお寿司屋さんに入った時のことです。 時間は10時10分、夜の10時10分。 そのタイミングに、ほんの少しだけビールを飲んでおつまみを頼んで、そして少しだけお寿司食べたいなと思って入りました。 「ラストオーダー10時半ですがよろしいですか?」 「はい、大丈夫です」 カウンター席に座らせていただきました。そしてビールを1本頼んで、おつまみを取って、そしてお寿司を食べて、気持ちよく最後の1日を振り返りながら非常に一人時間を堪能してたタイミング。 そのタイミング、私はカウンター席にいたということもありまして、厨房の中にいらっしゃる板さんが片付けを始めました。ボックス席にはまだまだたくさんお客様がいらっしゃいました。そしてまた次から次へと海外のお客様が入って来られます。その度にお断りをされていました。 そんな中、板さんが片付けるお姿があまりにも衝撃的だったんです。本当にショーケースの中にあるネタを、きっとそのネタは明日のお寿司に使うネタです。そのお寿司のネタをバットの中にバサ!バサ!バサ!と、まるで物を捨てるようにバットの中に入れ、そして音をガチャガチャと鳴らしながら片付けをするその様。 その時私は最後の締めの巻物を食べてました。冷茶お願いしたところ「有料ですがいいですか?」って言われたので「はい、結構です」ということで、有料で冷茶を頼んで、そして最後の締めの巻物を食べてる時、食べ終わった後にその方が 「今度はゆっくり来てくださいね」 とおっしゃいました。 私はその時、食べ終わった後に一言だけ、本来言うべきことではなかったのかもしれませんが、どうしても気になったがゆえに、そこの胸元にあった名札を見ながら 「〇〇さん、最後の片付けがあまりにも乱暴でびっくりしました。〇〇社長、悲しまれます」って言って、そして席を立ち、21年間通っていたお店っていうこともあって、レジには昔馴染みのお姉さんがいらっしゃったがゆえに 「最後の後片付けがあまりにも乱暴すぎて残念でした」 ていうことは、言葉に出させていただきました。 その店ができる前から知っていて、その店ができてからも社員と共に何回も行き、たくさんのエピ