< 昨日6月5日、私、朝倉千重子は、群馬県桐生市で講演会を担当させていただきました。 10時11分発のやまびこに乗り、小山に到着。 その後、在来線両網線に乗り換えて、桐生に向かっておりました。 11時2分発の電車で桐生に向かうと、桐生に到着するのは11時59分。 よし!11時59分。 何回も何回も時刻を見ながら、11時59分着、桐生に11時59分着、11時59分着。手帳にも記載し、そして チケットを見ながら、何度も何度も何度も心の中に収めておりました。 ところが、自分がパッと気づいたのは12時6分。 「えっ!桐生過ぎてるやん!嘘やろ!」って。 嘘やろどころか、桐生の次の駅も通り越しておりました。 もう慌ててびっくりした私は、車掌さんのところに行きました。 トントントン。 車掌さんもびっくりされたようで、「どうされましたか。」 「実は、桐生で降りなきゃいけないところを乗り越してしまいました。」 って言ったら、にっこり笑って、「大丈夫ですよ。どうぞ。」 「大丈夫ですよ。」っていうのは、乗り越しはよくあることですから、心配ご無用ですよ、と。 いやいや、そうではなくって。 この後、私は講演会があるがゆえに、実はどうしても、桐生にこの時間までにつかないと間に合わないんだ、ということも含めて、目的地を告げ、そして、どうすれば最短で桐生の目的地に行けるかということを、車掌さんに相談させていただきました。 優しい車掌さんで「どうぞ、僕が調べますからおかけください」って言われて、椅子に座って待ってました。 そしたら、車掌さんがお出になられて、 「次の、国定で降りてください。国定到着は、12時12分です。そして、反対側のホームに移動していただいて、12時13分発の、桐生行き、小山行きの電車に、もしも間に合えば、それで桐生に行っていただいて、そこから、目的地におすすめください。 万が一、間に合わない場合、国定から、タクシーで目的地に向かってください。」 とにかく親切に教えてくださったんですが、乗り換え時間、1分です。 「これ、間に合いますか?」 「いや、やってみないと分かりません。」 「分かりました。どういう風に行けばいいですか?」 「一番先頭列に、今から移動してください。そして、先頭列の車両から降りて、階段で、上り、降り、反対側のホームから、小山方面の電車に乗ってください。」 「...
毎週水曜日は、リスナーの皆様からの質問にお答えするコーナーです。 仕事のことや、人生のことで知りたいこと、悩んでいること、お寄せいただいたご質問に私の考えで答えさせていただきます。 1つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。 今日はどんな質問が来ているでしょうか? 今から見に行ってまいります。 ペンネーム、ひまわりさん、40代女性からです。 質問内容です。 こんにちは。 職場での人間関係について、朝倉先生にご意見を伺いたく、メッセージしました。 最近、職場の20代の若い同僚たちから「ひまわりさんって、お母さんみたいですよね」と言われることが増えてきました。悪気はないのだろうし、むしろ親しみを込めて言ってくれているのは分かります。 でも、正直そのたびに複雑な気持ちになります。 子どもがいない私にとって「お母さんみたい」という言葉は少し重たく感じることがあるんです。 「面倒見がいい」とか「安心感がある」といった意味で言ってくれているのだと思うのですが、どこか自分が中年女性としてしか見られていない気がして、少し距離を感じるようになってしまいました。 彼女たちと良い関係を築きたいとは思うものの、この言葉をどう受け止めればいいのか、正直まだモヤモヤしています。 悩むようなことでもないのかもしれませんが、こういう場面での向き合い方や、気持ちの整理の仕方についてアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 はーい、ペンネームひまわりさん、このご質問に対して、チャプターを分けて、チャプターを変えてお話しさせていただきますね。 私が文章を読ませていただいて感じた、率直なことも今日はお話できたらなと思います。 ひまわりさん、ご相談ありがとうございます。 とっても繊細な心の動きを感じるお悩みで、ひまわりさんが同僚の方々との関係性を大切に思ってることが十分伝わりました。 まず、「お母さんみたい」っていう言葉に対して複雑な気持ちを抱かれるのは、当然、自然なことです。人が何気なく口にした言葉でも、自分の経験や状況によって響き方が違うのも事実です。 その感情を否定する必要は全くないと思います。 そんな中で参考になればと思うんですが、まずはですね、ポジティブな意図に焦点を当ててしまうということですね。 ちょっと、いくつかのポイントでお話をしたいんですが、 ま...