本題に入る前に朝から感動したことをお伝えしてもよろしいでしょうか。 朝8時50分、ピンポンとチャイムが鳴りました。 ヤマトさんが荷物を届けてくださったんですが、なんと、差出人は高井岡芹法律事務所、岡芹先生からでした。 これは高井先生からの贈り物。もうこれを手に取った瞬間、亡くなった後でもこのように贈り物を届けてくださる。高井先生の存在と、そしてその高井先生の思いを汲んでくださるスタッフの皆様、岡芹先生の思い、いろんなものを感じてしまって、もう朝からまた涙が止まりませんでした。もう親も夢に出てくることもない中で、高井先生って一体どう言う人なのかと。本当に感動してもう朝から胸が詰まって、こんなに涙って出るのかって思うぐらい、涙が溢れてきました。 ありがたいなと思います。 本当に感謝しかありません。 高井先生がお亡くなりになられた後、このようにお届け物が届くって言うことも決して当たり前ではないと思って、いろんな思いを心に刻ませて頂きます。 感謝申し上げます。 ルボヌール芦屋 ペンネーム:ともちゃん、40代女性からです。 自分が過保護なのかもしれないと悩んでいます。 私には、小学校6年生になる息子がいるのですが、先日友人たちとお話をしていると「それって過保護じゃない!」と言われました。 例えば、私は17時過ぎまで仕事があるので息子は学童に通わせ、私が仕事終わりに学童まで迎えに行き、そのまま習い事に連れて行っています。 友人たちの話を聞くと、家で一人で留守番をさせていたり、習い事には一人で行かせたりしている家も少なくないようです。また息子には、私のお古のスマートフォンを渡していますが、友達と連絡先を交換する時は、事前に私がチェックし、やり取りの内容も毎日確認しています。 これは、今はネットいじめなどがあるため、被害者、加害者、どちらにもなっていないかを確かめるためです。まだ小学生なので、それくらいは当たり前かと思っていたのですが、そうではないと言うことを知り、戸惑っています。 友人には「仕事もやりながら、そこまでやっていたら、あなたが大変じゃない?」と言われたのですが、もしものことがあったらと思うと、どうしても心配です。 今のままのやり方でいいのか?少しずつ手を離した方がいいのか?わからず、モヤモヤしています。また手を離した方がいいにしても、何から始めればいいのか...
毎週水曜日は、リスナーの皆様からの質問にお答えするコーナーです。 仕事のことや、人生のことで知りたいこと、悩んでいること、お寄せいただいたご質問に私の考えで答えさせていただきます。 1つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。 今日はどんな質問が来ているでしょうか? 今から見に行ってまいります。 ペンネーム、ひまわりさん、40代女性からです。 質問内容です。 こんにちは。 職場での人間関係について、朝倉先生にご意見を伺いたく、メッセージしました。 最近、職場の20代の若い同僚たちから「ひまわりさんって、お母さんみたいですよね」と言われることが増えてきました。悪気はないのだろうし、むしろ親しみを込めて言ってくれているのは分かります。 でも、正直そのたびに複雑な気持ちになります。 子どもがいない私にとって「お母さんみたい」という言葉は少し重たく感じることがあるんです。 「面倒見がいい」とか「安心感がある」といった意味で言ってくれているのだと思うのですが、どこか自分が中年女性としてしか見られていない気がして、少し距離を感じるようになってしまいました。 彼女たちと良い関係を築きたいとは思うものの、この言葉をどう受け止めればいいのか、正直まだモヤモヤしています。 悩むようなことでもないのかもしれませんが、こういう場面での向き合い方や、気持ちの整理の仕方についてアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 はーい、ペンネームひまわりさん、このご質問に対して、チャプターを分けて、チャプターを変えてお話しさせていただきますね。 私が文章を読ませていただいて感じた、率直なことも今日はお話できたらなと思います。 ひまわりさん、ご相談ありがとうございます。 とっても繊細な心の動きを感じるお悩みで、ひまわりさんが同僚の方々との関係性を大切に思ってることが十分伝わりました。 まず、「お母さんみたい」っていう言葉に対して複雑な気持ちを抱かれるのは、当然、自然なことです。人が何気なく口にした言葉でも、自分の経験や状況によって響き方が違うのも事実です。 その感情を否定する必要は全くないと思います。 そんな中で参考になればと思うんですが、まずはですね、ポジティブな意図に焦点を当ててしまうということですね。 ちょっと、いくつかのポイントでお話をしたいんですが、 ま...