昨日、私は南紀白浜から東京に参りました。 午後1時25分発の飛行機に乗り、羽田空港には2時35分着の予定でした。 羽田空港に着きまして、荷物をピックアップするために出口に向かっていたらアナウンスが聞こえてきました。 「本日、3月11日は東日本大震災から13年目を迎える。2時46分になりましたら30秒間の黙祷を皆様で捧げましょう」 というようなアナウンスでした。 タイミングよく飛行機から降り、荷物をピックアップし、そして2時46分、ありがたいことに、空港内にあるソファに座らせて頂いて、2時46分に黙祷を捧げました。 その時に、何とも言えないものが私に伝わってきたんです。隣の方も私と一緒に黙祷を捧げておりましたが、その30秒間がものすごく長く感じたんです。 そしていろんな声が私宛てに届きました。 13年前の3月11日2時46分の出来事は今も忘れることはないです。 あの時に体験したこと、その時にいろんな気付きを得たこと、自分ができる精一杯をやろうと思ったこと、そして悲しみの中でいろんな苦難、困難を乗り越えられた人のこと。 私宛に降りてきたメッセージはただ一つ 私たちが無駄に過ごしてしまった今日一日は、誰かが懸命に生きたかった一日 どうか私たちの分まで一生懸命生き抜いてください。 ていうなメッセージが届いたような気がしてなりません。 今日1日どう過ごすべきなのか。 今日この大切な命の時間を誰と一緒に過ごすのか。 そんなことを改めて考えるきっかけを頂きました。ものすごい時間でした。そして心から感謝しました。 わずか30秒間の黙祷の中で私に降りてきたいろんな思い。いろんな気付き、様々な感謝心、これを絶対にこの後の人生に活かしていきます。 昨日は夜8時30分から10時30分までの2時間、有限会社シンプルタスク吉井雅之様。 オンラインサロン吉井会 での講演会を担当させて頂きました。 夜の時間であるにもかかわらず、本当に素晴らしい集中力と、熱心に話を聞いてくださってる様子が、オンラインであっても伝わってきました。 懸命にその話を聞こうとする姿勢、一生懸命メモを取ってるお姿、ナニメンさんこと吉井雅之さんのところで学んでらっしゃる方々は、本当に人柄、人間性の素敵な方々ばかりでした。 限られた時間の中で、私は何をお伝えしようかと考えながら、自分自身の体験・経験から学ばせて頂いたことをお伝え...
毎週水曜日は、リスナーの皆様からの質問にお答えするコーナーです。 仕事のことや、人生のことで知りたいこと、悩んでいること、お寄せいただいたご質問に私の考えで答えさせていただきます。 1つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。 今日はどんな質問が来ているでしょうか? 今から見に行ってまいります。 ペンネーム、ひまわりさん、40代女性からです。 質問内容です。 こんにちは。 職場での人間関係について、朝倉先生にご意見を伺いたく、メッセージしました。 最近、職場の20代の若い同僚たちから「ひまわりさんって、お母さんみたいですよね」と言われることが増えてきました。悪気はないのだろうし、むしろ親しみを込めて言ってくれているのは分かります。 でも、正直そのたびに複雑な気持ちになります。 子どもがいない私にとって「お母さんみたい」という言葉は少し重たく感じることがあるんです。 「面倒見がいい」とか「安心感がある」といった意味で言ってくれているのだと思うのですが、どこか自分が中年女性としてしか見られていない気がして、少し距離を感じるようになってしまいました。 彼女たちと良い関係を築きたいとは思うものの、この言葉をどう受け止めればいいのか、正直まだモヤモヤしています。 悩むようなことでもないのかもしれませんが、こういう場面での向き合い方や、気持ちの整理の仕方についてアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 はーい、ペンネームひまわりさん、このご質問に対して、チャプターを分けて、チャプターを変えてお話しさせていただきますね。 私が文章を読ませていただいて感じた、率直なことも今日はお話できたらなと思います。 ひまわりさん、ご相談ありがとうございます。 とっても繊細な心の動きを感じるお悩みで、ひまわりさんが同僚の方々との関係性を大切に思ってることが十分伝わりました。 まず、「お母さんみたい」っていう言葉に対して複雑な気持ちを抱かれるのは、当然、自然なことです。人が何気なく口にした言葉でも、自分の経験や状況によって響き方が違うのも事実です。 その感情を否定する必要は全くないと思います。 そんな中で参考になればと思うんですが、まずはですね、ポジティブな意図に焦点を当ててしまうということですね。 ちょっと、いくつかのポイントでお話をしたいんですが、 ま...