先日、おとな美ベース、おとな美フォーラム、そしておとな美バースデーライブ、「おとな美サロン」にご参加されている方々は、アーカイブでも見ることができます。 ぜひ何度も何度もご覧いただければと思うんですが、その際に一流から学ぶためにどんなことから始めるかということで、私宛にテーマが来ました。 そのことを語らせていただいているんですが、ぜひ「おとな美サロン」の皆様は、アーカイブでしっかりご覧くださいね。 当初考えてたお話から途中、実例に基づいてお話をさせていただきましたが、今日は私、何のテーマでお話しようかなと思いながら、ふっと降りてきたものがあります。 それは、「メッキは擦れば剥げる、本物は磨けば光る」。 このお話でお伝えできればなと思います。 昔、書籍にも書かせていただきましたが、「メッキは擦れば剥げる、本物は磨けば光る」。 これは私自身が本当に、たとえ小さくても本物でいきたいという、そういう思いから出た言葉なんですが、振り返ってみると、昔は恥ずかしいこともいっぱいしました。 そして本当に、よく思われたいという、嫌われたくない、そんな思いから、八方美人であったことも事実。 いまだにやっぱりその自分自身の特質・本質は、ふとした時に出てしまいますけどもね。 それでも、やはり努力し、意識し続けることによって、変われるんだなということを、今、本当に思っているんです。 「メッキは擦れば剥げる、本物は磨けば光る」。 一時の飾りでは、人生は煌めきませんね。 大切なのは、自分の中の本物を信じて、地道に磨き続けることです。 それが、静かに、確かに、人を引きつける輝きになるのかもしれません。 昔々、有名な方から、「朝倉さん、教育、教育、教育って言ってるけども、磨いても石は石だよ」って。 「磨けば光る石を、宝石の原石を探しなさい」っていうことを言われましたが、その時、私が表情を変えて、 「先生、私は道端に落ちている石です。ですが、その道端に落ちている石を一生懸命磨いてきました。磨けば石も光るんです。磨けば光る宝石の原石であったとしても、磨かなければただの石です」。 生意気ながら、そのようなことを伝えたことがあります。 人からどう見えるかを気にして、外側ばかり取り繕う時代もありました。 ですが、本当の輝きは、自分の中にある真心や志、日々を丁寧に磨くことから生まれる。 私はそう信じています。 ...
毎週水曜日は、リスナーの皆様からの質問にお答えするコーナーです。 仕事のことや、人生のことで知りたいこと、悩んでいること、お寄せいただいたご質問に私の考えで答えさせていただきます。 1つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。 今日はどんな質問が来ているでしょうか? 今から見に行ってまいります。 ペンネーム、ひまわりさん、40代女性からです。 質問内容です。 こんにちは。 職場での人間関係について、朝倉先生にご意見を伺いたく、メッセージしました。 最近、職場の20代の若い同僚たちから「ひまわりさんって、お母さんみたいですよね」と言われることが増えてきました。悪気はないのだろうし、むしろ親しみを込めて言ってくれているのは分かります。 でも、正直そのたびに複雑な気持ちになります。 子どもがいない私にとって「お母さんみたい」という言葉は少し重たく感じることがあるんです。 「面倒見がいい」とか「安心感がある」といった意味で言ってくれているのだと思うのですが、どこか自分が中年女性としてしか見られていない気がして、少し距離を感じるようになってしまいました。 彼女たちと良い関係を築きたいとは思うものの、この言葉をどう受け止めればいいのか、正直まだモヤモヤしています。 悩むようなことでもないのかもしれませんが、こういう場面での向き合い方や、気持ちの整理の仕方についてアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 はーい、ペンネームひまわりさん、このご質問に対して、チャプターを分けて、チャプターを変えてお話しさせていただきますね。 私が文章を読ませていただいて感じた、率直なことも今日はお話できたらなと思います。 ひまわりさん、ご相談ありがとうございます。 とっても繊細な心の動きを感じるお悩みで、ひまわりさんが同僚の方々との関係性を大切に思ってることが十分伝わりました。 まず、「お母さんみたい」っていう言葉に対して複雑な気持ちを抱かれるのは、当然、自然なことです。人が何気なく口にした言葉でも、自分の経験や状況によって響き方が違うのも事実です。 その感情を否定する必要は全くないと思います。 そんな中で参考になればと思うんですが、まずはですね、ポジティブな意図に焦点を当ててしまうということですね。 ちょっと、いくつかのポイントでお話をしたいんですが、 ま...