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「ありがとう」という日本語にありがとう 2023年6月1日

  半世紀前に言えなかった一言を胸に 豊橋駅の近くに創業50年を超える、お好み焼き屋がある。 市内に2店舗ある老舗店だ。屋号を 伊勢路 という。そこのマスターと話がしたくて、数年前に店を訪れた時がある。 きちんとアイロンをかけられたカッターシャツに、蝶ネクタイをしてお好み焼きを焼いていたのは78歳、当時のマスター「堀米治」さんだ。 「昔はね、お好み焼きのことのことをこの辺では「ごっつう焼き」と言ったんです」 「ごちそう焼きが転化したものらしいんですけどね...」 「響きとしてはさげすむ感じでしたね....」 堀さんはそう言って笑った。 何だお前は、ごっつう焼き屋か!ただみたいなもので儲けようとしやがって!」 そんなことを言われたこともあるらしい。 「だからね、少しでもお好み焼きの地位を上げようと思いました。正装した職人が、技術を持って焼いた料理であることを示すために、ずっとこんな格好しているんですよ!」 そんな堀さんを知ったのは、地元ラジオ局の番組だった。 堀さんは毎年春、地元の福祉施設の子どもたちを招いて、お好み焼きや焼きそばをふるまっている。2店舗に数百人の子供が訪れるそうだ。昭和45年から50年以上、堀さんはそれを続けてきた。店舗を開放するのは春先だけだが、それとは別に屋台を引いて施設を訪れ、年に数回の大盤振る舞いを行っている。 なぜそのような活動を長年続けているのか?それを本人の口から聞いてみたくて、僕は店を訪れたのだ。 伊勢路の創業は昭和44年11月。開店して1ヶ月が経った頃、クリスマスイブに裏口から入ってくる親子3人がいた。 「あそこの裏口から入って来たんです。見るからに貧しい家族でした。当時、一番安かった天かすだけで焼く、120円のお好み焼きを3人で1つ頼みました」 「両親は箸を持っているんですけど、手をつけないんですね。小学校に上がったかどうかくらいの男の子がおいしそうに食べていました...」 おじさんが今でも後悔してることが、その後に起きた会計の時だった。 「お題は結構です」 その一言が言えなかったのだ。 その事を今でも悔やんでいると言う。 他のお客さんに聞かれたらまずいのではないか? そもそもそれはこの家族を侮辱することになるのではないか? そんな理由が頭に渦巻いて、まだ若かった堀さんはその一言が言えなかった。その遠い冬の日に思いを馳せる...

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