それでは井上敬一先生から頂いたメッセージをお届けさせて頂きます。 べっくさんが書いてくださった文字起こしブログを紹介した後、私宛に届いたメッセージです。 朝倉先生、いつもびっくりしています。 講座を開催する時に、画面越しに一番熱心にメモ書きし、一番前向きにワークや課題に取り組んでおられる朝倉先生を見て、僕も朝倉先生も偉そうですが、多くの人にたくさんの「学び」「気付き」「刺激」を与える立場の仕事をしています。 しかし「学び」を与えようと思えばその何十倍も学んでいかないといけません。 余談ですが、講師業をやっているとよく「原価ゼロ円でいいですね!」などと皮肉っぽく言われます。でも実は、インプットでかける時間とお金は半端なく多いのです。 なので「このセリフを今度僕に言ったら往復ビンタね!パチパチ!」などと先日冗談まじりでツイートしました。 ただこれ 「言うは易く行うは難し」 で、自分も含めて、ほとんどの方は実践できません。 それを毎回凄い熱量で果たしている朝倉先生の姿にとても敬服しています。 最も学べるのは、教える側である! 講師でなくても、みなさん多くのことを「学び」「気付き」です。 しかし、 それを単なる「学び」や「気付き」で終わらせるのか? 本当に自分の血肉化できるかの違いは、やはり アウトプット です。 毎回講座を開催するにあたり、膨大なインプットをすることは先述した通りです。 しかし、学びの習得は アウトプット で初めて成立します。 なぜなら実践したり、自分の言葉にしたり、再度自分の言葉で書いたりすることで、とても整理されていくからです。 そう言う意味では、人に教えることが1番学べます。 学んだことを教えようとすると、どうやってわかりやすく伝えれば「そういえばあの先生は何て言ってたかな?」あるいは「あの教えの本当の意味は?」などと心底整理ができて、スッと腹に落ちていくからです。 なので、朝倉先生しかり、いろんな方から学んだり、気づいたりした時、本を読んでとても感銘を受けた時、 24時間以内にアウトプット する事、人に教えることで、めちゃめちゃ学べます。 そう言う意味で言うと、実は受講者の方に教えてる自分が最も学んでいます。 すなわち 「教えているのではなく、教えさせてもらっている!」 と言うことなのです。 昔は恥ずかしながら「俺が教えてやってる!」と...
毎週水曜日は、リスナーの皆様からの質問にお答えするコーナーです。 仕事のことや、人生のことで知りたいこと、悩んでいること、お寄せいただいたご質問に私の考えで答えさせていただきます。 1つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。 今日はどんな質問が来ているでしょうか? 今から見に行ってまいります。 ペンネーム、ひまわりさん、40代女性からです。 質問内容です。 こんにちは。 職場での人間関係について、朝倉先生にご意見を伺いたく、メッセージしました。 最近、職場の20代の若い同僚たちから「ひまわりさんって、お母さんみたいですよね」と言われることが増えてきました。悪気はないのだろうし、むしろ親しみを込めて言ってくれているのは分かります。 でも、正直そのたびに複雑な気持ちになります。 子どもがいない私にとって「お母さんみたい」という言葉は少し重たく感じることがあるんです。 「面倒見がいい」とか「安心感がある」といった意味で言ってくれているのだと思うのですが、どこか自分が中年女性としてしか見られていない気がして、少し距離を感じるようになってしまいました。 彼女たちと良い関係を築きたいとは思うものの、この言葉をどう受け止めればいいのか、正直まだモヤモヤしています。 悩むようなことでもないのかもしれませんが、こういう場面での向き合い方や、気持ちの整理の仕方についてアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 はーい、ペンネームひまわりさん、このご質問に対して、チャプターを分けて、チャプターを変えてお話しさせていただきますね。 私が文章を読ませていただいて感じた、率直なことも今日はお話できたらなと思います。 ひまわりさん、ご相談ありがとうございます。 とっても繊細な心の動きを感じるお悩みで、ひまわりさんが同僚の方々との関係性を大切に思ってることが十分伝わりました。 まず、「お母さんみたい」っていう言葉に対して複雑な気持ちを抱かれるのは、当然、自然なことです。人が何気なく口にした言葉でも、自分の経験や状況によって響き方が違うのも事実です。 その感情を否定する必要は全くないと思います。 そんな中で参考になればと思うんですが、まずはですね、ポジティブな意図に焦点を当ててしまうということですね。 ちょっと、いくつかのポイントでお話をしたいんですが、 ま...