ペンネーム:まことさん 40代 女性 「言われなくても分かる、ダメなこと」と「ダメもとであっても、頼んでみたほうがいいこと」の境界線が分かりません。 私はもともと、引っ込み思案で、こうしてほしいという思いがあっても「どうせ無理だろう」と遠慮して何も言えないタイプです。 朝倉先生の「遠慮は美徳にあらず」という教えに触れ、最近は「ダメもとでも、一度頼んでみる」ということを意識的に行うようにしています。 そうした一種の図々しさも重要だと思う一方で、信じられないような要望や無理難題をぶつけてくる方の対応などをしていると「こんなひどい要望は言わないほうがマシなんじゃないか」と思うこともあります。 ここまでは、言ってもOK これから先は、人としてあり得ない その線引きはどのように考えればよいでしょうか? はい!ペンネーム:まことさん、メッセージありがとうございます。それではこの問いについて、チャプターを分けてお答えさせて頂きます。参考になれば嬉しいです。 遠慮は美徳にあらず! それではお答えさせて頂きます。 あくまでも私の考えですが、まことさん参考になるとありがたいです。 熱心としつこいは紙一重 厚かましい図々しいと積極的も紙一重 これは何が違うのか? 以前、Voicyでもお話をさせて頂きましたが 厚かましいはね!馴れ馴れしいわね!図々しいわね!って言われる人と 積極的ね!親しみやすいわね!熱心ね!って言われる人は何が違うのか? これ一番の違いは 礼儀があるかないか なんですね。 礼儀正しい、厚かましさは、厚かましいって言われるよりはむしろ「あなたのその粘りと根性に参ったわ」「いや!やっぱりその情熱には勝てなかったわね」 本来であればしつこいんですね。「しつこい」し、おそらく「くどい」はずなんです。 ところがそこに礼儀が加わることによって「厚かましい」「非常にしつこい」って言われるのが「熱心」「情熱的」「すごいよね」って、どうやったらその粘りと根性が発揮することができるのって言う感動に変わったりするんです。 それだけ礼儀正しい人は敵を作りにくいんですね。 ですが、ほとんどの場合がしつこいとか、厚かましいって言われたくないがゆえに、中途半端で終わってしまうんです。中途半端って言うのは 「何もしないよりなお悪い!」 ある意味、積極的に挑んでこそ「しつこい!」とか「もうや...
毎週水曜日は、リスナーの皆様からの質問にお答えするコーナーです。 仕事のことや、人生のことで知りたいこと、悩んでいること、お寄せいただいたご質問に私の考えで答えさせていただきます。 1つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。 今日はどんな質問が来ているでしょうか? 今から見に行ってまいります。 ペンネーム、ひまわりさん、40代女性からです。 質問内容です。 こんにちは。 職場での人間関係について、朝倉先生にご意見を伺いたく、メッセージしました。 最近、職場の20代の若い同僚たちから「ひまわりさんって、お母さんみたいですよね」と言われることが増えてきました。悪気はないのだろうし、むしろ親しみを込めて言ってくれているのは分かります。 でも、正直そのたびに複雑な気持ちになります。 子どもがいない私にとって「お母さんみたい」という言葉は少し重たく感じることがあるんです。 「面倒見がいい」とか「安心感がある」といった意味で言ってくれているのだと思うのですが、どこか自分が中年女性としてしか見られていない気がして、少し距離を感じるようになってしまいました。 彼女たちと良い関係を築きたいとは思うものの、この言葉をどう受け止めればいいのか、正直まだモヤモヤしています。 悩むようなことでもないのかもしれませんが、こういう場面での向き合い方や、気持ちの整理の仕方についてアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 はーい、ペンネームひまわりさん、このご質問に対して、チャプターを分けて、チャプターを変えてお話しさせていただきますね。 私が文章を読ませていただいて感じた、率直なことも今日はお話できたらなと思います。 ひまわりさん、ご相談ありがとうございます。 とっても繊細な心の動きを感じるお悩みで、ひまわりさんが同僚の方々との関係性を大切に思ってることが十分伝わりました。 まず、「お母さんみたい」っていう言葉に対して複雑な気持ちを抱かれるのは、当然、自然なことです。人が何気なく口にした言葉でも、自分の経験や状況によって響き方が違うのも事実です。 その感情を否定する必要は全くないと思います。 そんな中で参考になればと思うんですが、まずはですね、ポジティブな意図に焦点を当ててしまうということですね。 ちょっと、いくつかのポイントでお話をしたいんですが、 ま...