もっとリスクを負う 人生の黄昏時を迎えて死の床につくとき、あなたが一番後悔するのは追ってきたあらゆるリスクではありません。 あなたの心を満たす最大の後悔と悲しみは ・避けてきた全てのリスク ・つかまなかった全ての機会 ・立ち向かおうとしなかったすべての恐怖 でしょう。 いいですか、恐怖の向こうには自由があるのです。 時代を超えた成功の原則に、焦点を合わせてください。人生は数字のゲームに過ぎません。 リスクを追えば追うほど、報酬は多くなります。 あるいは、古代ギリシャの悲劇詩人、ソフォクレスの言葉を借りれば 「運は勇気のないものには巡ってこない」 と言うことになります。 人生を全うするためにはもっとリスクを負い、恐れてることをしてください。 厄介な状況に強くなり、一番抵抗のない道を進むのをやめるのです。 もちろん、人があまり通っていない道を歩けば、いろいろなものにつま先をぶつける確率は高くなるでしょうが、どこかに行くにはその方法しかないのです。 私の母はいつも言っています。 片足を二塁につけたまま、三塁に進むことはできないでしょう。 あるいは、フランスの小説家でノーベル賞を取ったアンドレ・ジッドは「長い間海岸を見失う勇気がなければ、新しい大陸を発見することはできない」と言っています。 充実した人生を送る秘訣は、安全を探すことに日々を費やすのではなく、機会を追い求めることに時間を割くことです。 確かに、より計画的で情熱的な人生を始めれば、それなりに失敗もするでしょう。でも失敗は勝つ方法を学ぶことに過ぎません。あるいは父がいつか行っていたように 「ロビン、枝の先は確かに危ない。だが全ての実はそこにあるのだ!」と言うことなのです。 人生は全て選択です。 大いに満ち足りていて、潜在能力を十分に発揮している人々は、他の人より賢い選択をしているに過ぎません。残る人生の日々、全く安全な岸に腰を下ろして過ごしてもいいし、深い水に飛び込み、真の勇者を待っている真珠を手に入れてもいいのです。 わが身を駆り立て、日々自分の限界を広げ続けることに集中するために、私は セオドア ・ルーズベルト 元大統領の言葉を書斎に掲げています。 「大切なのは評論家ではない。実力者がどのようにつまずいたか、善行家がどこでもっとうまくやれたかを指摘する人物はいらない。顔を泥と汗と血でよごしながら、実...
毎週水曜日は、リスナーの皆様からの質問にお答えするコーナーです。 仕事のことや、人生のことで知りたいこと、悩んでいること、お寄せいただいたご質問に私の考えで答えさせていただきます。 1つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。 今日はどんな質問が来ているでしょうか? 今から見に行ってまいります。 ペンネーム、ひまわりさん、40代女性からです。 質問内容です。 こんにちは。 職場での人間関係について、朝倉先生にご意見を伺いたく、メッセージしました。 最近、職場の20代の若い同僚たちから「ひまわりさんって、お母さんみたいですよね」と言われることが増えてきました。悪気はないのだろうし、むしろ親しみを込めて言ってくれているのは分かります。 でも、正直そのたびに複雑な気持ちになります。 子どもがいない私にとって「お母さんみたい」という言葉は少し重たく感じることがあるんです。 「面倒見がいい」とか「安心感がある」といった意味で言ってくれているのだと思うのですが、どこか自分が中年女性としてしか見られていない気がして、少し距離を感じるようになってしまいました。 彼女たちと良い関係を築きたいとは思うものの、この言葉をどう受け止めればいいのか、正直まだモヤモヤしています。 悩むようなことでもないのかもしれませんが、こういう場面での向き合い方や、気持ちの整理の仕方についてアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 はーい、ペンネームひまわりさん、このご質問に対して、チャプターを分けて、チャプターを変えてお話しさせていただきますね。 私が文章を読ませていただいて感じた、率直なことも今日はお話できたらなと思います。 ひまわりさん、ご相談ありがとうございます。 とっても繊細な心の動きを感じるお悩みで、ひまわりさんが同僚の方々との関係性を大切に思ってることが十分伝わりました。 まず、「お母さんみたい」っていう言葉に対して複雑な気持ちを抱かれるのは、当然、自然なことです。人が何気なく口にした言葉でも、自分の経験や状況によって響き方が違うのも事実です。 その感情を否定する必要は全くないと思います。 そんな中で参考になればと思うんですが、まずはですね、ポジティブな意図に焦点を当ててしまうということですね。 ちょっと、いくつかのポイントでお話をしたいんですが、 ま...