昨日は大久保寛司さんと学ぶ オンラインラボ「あり方研究室」 の最終回でした。 リアルで参加できてよかったです。 2月もリアルで参加したかったんですが、諸事情があって参加が出来かねました。 1月は何と私の誕生日のタイミングで、皆様がバースデーソングを歌ってくださいました。もうあの時の感動は今も忘れることはありません。 昨日の午後8時から10時20分くらいまででしたかね。その中での学び気付き、話しの地図を使って、私が何を築き学ばせて頂いたのかお話させて頂きます。 ぜひ最後までお聴きくださいませ。 今回、私は話の地図のタイトルを「愛とは何か?」というテーマにしました。 昨日、大久保寛司先生のお話、そして坪崎美佐緒のお話、一緒にご参加下さってる方々とブレイクアウトルームでたくさん話ができて、本当に幸せな時間を過ごさせて頂きました。 「愛とは何か?」 私は二つに分けて考えました。 まず一つ目は 愛とは無条件に受け入れる心 そして二つ目が なぜ待てるのか この二つのテーマでお話をさせて頂きます。 愛とは無条件に受け入れる心 無条件に受け入れる心、無条件に相手を受け入れられるかどうか。坪崎さんには空白がいっぱいありました。相手をそのままにしておける力がありました。 そして何よりも 「待てる勇気」 相手に選ばせる、これこそが 真のゆとり だなということに気づいたんです。 無条件に受け入れる心がまさに愛。 相手を受け入れるためには、空白・間・ゆとりがなかったら「受け入れることは難しいなあっ...」ていうことに気付かせて頂いたんです。 なぜ待てるのか 二つ目の なぜ待てるのか これも三つに分けて考えました。 まず一つ目は 答えを先読みしない。答えは人によって違う。 二つ目、 楽しみだけど期待しない。相手が考えたことが大事であること。 三つ目、 リードしない。相手に主導権を渡した会話ができたからこそ、人が変わる良い方向に。 なぜ待てるのか ノイズを消している、そして自分の考えている意図した方向に誘導しない。これこそが愛なんだなぁということを私は本当に感じたんですね。 埋めようとする観念がないんです。 相手を命から見ている そして相手を命そのものとして捉える 命として向き合っている 坪崎さんは自分に嘘が一切ない人。だから言葉を重ねなくても相手にそれが伝わるんだっていうことを、大...
毎週水曜日は、リスナーの皆様からの質問にお答えするコーナーです。 仕事のことや、人生のことで知りたいこと、悩んでいること、お寄せいただいたご質問に私の考えで答えさせていただきます。 1つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。 今日はどんな質問が来ているでしょうか? 今から見に行ってまいります。 ペンネーム、ひまわりさん、40代女性からです。 質問内容です。 こんにちは。 職場での人間関係について、朝倉先生にご意見を伺いたく、メッセージしました。 最近、職場の20代の若い同僚たちから「ひまわりさんって、お母さんみたいですよね」と言われることが増えてきました。悪気はないのだろうし、むしろ親しみを込めて言ってくれているのは分かります。 でも、正直そのたびに複雑な気持ちになります。 子どもがいない私にとって「お母さんみたい」という言葉は少し重たく感じることがあるんです。 「面倒見がいい」とか「安心感がある」といった意味で言ってくれているのだと思うのですが、どこか自分が中年女性としてしか見られていない気がして、少し距離を感じるようになってしまいました。 彼女たちと良い関係を築きたいとは思うものの、この言葉をどう受け止めればいいのか、正直まだモヤモヤしています。 悩むようなことでもないのかもしれませんが、こういう場面での向き合い方や、気持ちの整理の仕方についてアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 はーい、ペンネームひまわりさん、このご質問に対して、チャプターを分けて、チャプターを変えてお話しさせていただきますね。 私が文章を読ませていただいて感じた、率直なことも今日はお話できたらなと思います。 ひまわりさん、ご相談ありがとうございます。 とっても繊細な心の動きを感じるお悩みで、ひまわりさんが同僚の方々との関係性を大切に思ってることが十分伝わりました。 まず、「お母さんみたい」っていう言葉に対して複雑な気持ちを抱かれるのは、当然、自然なことです。人が何気なく口にした言葉でも、自分の経験や状況によって響き方が違うのも事実です。 その感情を否定する必要は全くないと思います。 そんな中で参考になればと思うんですが、まずはですね、ポジティブな意図に焦点を当ててしまうということですね。 ちょっと、いくつかのポイントでお話をしたいんですが、 ま...