もしかしたら以前にVoicyでお話をしかもわかりませんが、是非ともお聴きくださいね。 大切なのは、 どれだけたくさんのことをしたかではなく どれだけ心を込めたかです マザーテレサさんのお言葉です。 心を込めて事にあたること、心を込めて人に尽くすこと、大事な教えですね。 小学生の頃、担任してくださった先生が「道端に落ちてるゴミを蹴飛ばす歩くような人になったらあかん!しゃがんで拾ってゴミ箱に捨てられるような人になるんやで!」と教えてくれました。とても大事なことを教わったと思います。 見えないところをきれいにする、その心は幼児期からの祖母の教えです。 今思い出しても、祖母本当に品のある人だったと思います。 昔からこの話は何度もしますから、Voicyのリスナーの皆様に伝えたかなと思うんですが、自分の祖母を自慢するなんていうのは、決してかっこいいことではないんですが、私自身が最も理想としている女性です。決してべっぴんさんではありませんでした。 しかし、美しかったです。身のこなしや所作も、雑さはひとつもなかったです。 真っ白のブラウスに日傘をさして病院に通う。薄化粧、髪は常に綺麗にセットしていました。周囲からは ハイカラなおばあちゃん と言われていました。背筋がピンと伸びていて、とても姿勢が良かったです。背中は全く丸くなかったです。身長も164センチありました。明治生まれの人の割には、背が高かったなあと思いますね。 法事のたびに祖父の遺影を見ては泣くんです。毎日泣いてるわけじゃないんですよ、法事のたびにいろんなことを思い出すんでしょうね。 「可愛いおばあちゃんやなあ」とずっと孫の私はそう思っていました。 「おばあちゃん法事のたびに、おじいちゃんの写真を見て泣いてるなあ」と言葉に出したこともあります。そんな大好きな人と結婚できたことってとっても幸せですね。いや結婚して大好きになったんだと思います。 祖父は実は身長が180センチあったそうです。 私の父や私の弟よりも、祖父の方が背が高かったんだっていうことを私が知ったのは、今から5年ぐらい前ですね、びっくりしました。 祖父と祖母は結婚式で初めてお互いの顔を見たようです。すごい時代だったなと思います。そういえば、先日ある弁護士の先生が「お見合い結婚で訴訟問題はほとんどない」とおっしゃってました。 その女性弁護士は「実は私...
毎週水曜日は、リスナーの皆様からの質問にお答えするコーナーです。 仕事のことや、人生のことで知りたいこと、悩んでいること、お寄せいただいたご質問に私の考えで答えさせていただきます。 1つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。 今日はどんな質問が来ているでしょうか? 今から見に行ってまいります。 ペンネーム、ひまわりさん、40代女性からです。 質問内容です。 こんにちは。 職場での人間関係について、朝倉先生にご意見を伺いたく、メッセージしました。 最近、職場の20代の若い同僚たちから「ひまわりさんって、お母さんみたいですよね」と言われることが増えてきました。悪気はないのだろうし、むしろ親しみを込めて言ってくれているのは分かります。 でも、正直そのたびに複雑な気持ちになります。 子どもがいない私にとって「お母さんみたい」という言葉は少し重たく感じることがあるんです。 「面倒見がいい」とか「安心感がある」といった意味で言ってくれているのだと思うのですが、どこか自分が中年女性としてしか見られていない気がして、少し距離を感じるようになってしまいました。 彼女たちと良い関係を築きたいとは思うものの、この言葉をどう受け止めればいいのか、正直まだモヤモヤしています。 悩むようなことでもないのかもしれませんが、こういう場面での向き合い方や、気持ちの整理の仕方についてアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 はーい、ペンネームひまわりさん、このご質問に対して、チャプターを分けて、チャプターを変えてお話しさせていただきますね。 私が文章を読ませていただいて感じた、率直なことも今日はお話できたらなと思います。 ひまわりさん、ご相談ありがとうございます。 とっても繊細な心の動きを感じるお悩みで、ひまわりさんが同僚の方々との関係性を大切に思ってることが十分伝わりました。 まず、「お母さんみたい」っていう言葉に対して複雑な気持ちを抱かれるのは、当然、自然なことです。人が何気なく口にした言葉でも、自分の経験や状況によって響き方が違うのも事実です。 その感情を否定する必要は全くないと思います。 そんな中で参考になればと思うんですが、まずはですね、ポジティブな意図に焦点を当ててしまうということですね。 ちょっと、いくつかのポイントでお話をしたいんですが、 ま...