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「本当の優しさって何⁈ 」ここ最近はこのメッセージが頻繁に降りてきます。リスナーの皆様はどう思いますか? 2023年9月28日

 



感謝信を忘れるとすべてをなくす

昨日は塾生の皆様とともに、命の時間を共有させて頂きました。

その前日は、鴨頭さんのヤキニクマフィア池袋で、ステージパフォーマーの皆様の温かいサービスを受け、私の大切な「トップセールスレディー育成塾」塾生とともに、素敵な時間を共有させて頂きました。横井杏波がその様子をブログにアップしております。そのブログも是非ともご覧いただけるとありがたいです。


今日、この後のメッセージは、誰のメッセージなのかはあえてお伝えはしません。

是非とも、じっくりと、ゆっくりと、何度もお聞きください。

どうぞよろしくお願いします。


「自己顕示欲」「復讐心」「嫉妬」を持つ人は、人を遠ざけてしまう。

人間はそもそも「たいしたものではない」のに、成長していくにつれて、心の中に「3つの感情」が芽生えてきます。


1、自己顕示欲

2、復讐心

3、嫉妬


です。この3つは、人からもてはやされて、高い評価を受けるようになった頃に出てきます。

これらはすべて「マイナスのエネルギー」であり、神様から嫌われる性質です。

自分のことを「たいしたものだ」と認識したいと思うから、「自己顕示欲」が湧いてきます。


みんなが自分のことを「たいした人だと認めるべきだ」と思っているから、そうならないときに、「嫉妬」が芽生えます。他の人がちやほやされてるのを見て「どうして自分にはそうしないのか」と言う思いが「嫉妬」です。


また、人から何か気に入られないことをされたとき、それを「5倍、6倍にして徹底的に嫌がらせをしてやるぞ」と思う気持ちが「復讐心」です。


先日、高い技術を持った人にお会いしました。その人の実力は、確かに誰もが認めるところです。しかし、話を聞いていると「自分がどれほどすごい人か」という話に終始していました。

自分の話ではなく「技術」の解説をしていたら聞いてる人をさらにその人を尊敬したでしょうし、その人は、さらに「喜ばれる存在」になっていたでしょう。

ところが「雑誌に紹介された」「有名人と知り合いだ」と言う自慢話が続いたのです。


どれほど「すごい実力」を持った人でも、口から出るのが「自分がどれほどすごい人か」と言う自己顕示欲、「自分はこんなにすごいんだけど、別の人が評価されてるのは許せない」という嫉妬、「いつか見返してやるんだ」という復讐の言葉ばかりなら、誰も話を聞きたいとは思いません。


「自己顕示欲」「復讐心」「嫉妬」の3つの感情を持つ人は、損をしている。とても、もったいないと思います。


「どれほどすごい人物か」というのは、自分から話さなくても、伝わるものです。「すごい実力」を持っているのだったら、ただ黙って行動で示せば、誰もが認めてくれるでしょう。


多くの人から尊敬されるには、「知識」「知恵」「知性」の3つが必要


人は「「3つの知」がそろって初めて、尊敬されるようになります。

その「3つの知」とは

1、知識

2、知恵

3、知性


です。

ひとつ目の知は、「知識」「知識なんかいらない」「知識は邪魔だ」と言う人もいますが、人間には、最低限の「知識」が必要です。


2つ目の知は、「知恵」。私が考える「知恵」とは、「知識」をいかに日常生活に埋め込むか、実践するか、ということです。「知っている」ことを「実践する」ことが「知恵」です。

たとえば、「一期一会」と言う言葉は、「一生涯でこの人と会うときは、この1度だけと思いなさい。生涯で最後かもしれない。だから、その人を大事にしなさい」と言う教えですが、それを知っていることは「知識」です。「目の前の人を大事にし、大切に扱う」ことを実践して、はじめて「知恵」になります。

たくさんのことを勉強し、知ってはいても、実践しない人がいます。一方で、何も知らないけれど、笑顔で「実践」してる人がいます。どちらが「実践者」でしょうか?

勉強して「知識」を身につけることは楽しいことです。けれど、どんなにすごいことを知っていても、「実践」していなければ「知らない」のと同じではないでしょうか。

仕事も順調で、人間関係も良好。健康にも問題がないとき、ニコニコすることは誰にでもできます。


しかし、仕事も家庭もトラブル続きで、家族とも同僚とも喧嘩ばかりしている、体調も悪い、そんなときに、ニコニコしていられるかどうかが、まさに「実践」なのです。


「知識」を持ち、それを実践して「知恵」にすれば、それなりに称賛されたり、評価されたりするでしょう。ですが、「尊敬」されたり、「敬愛」されることにはなりません。


「尊敬」や「敬愛」を集めるには、3つ目の知である「知性」が必要です。

「知性」とは、分かりやすく言うと、「謙虚さ」のこと。どれほど賞賛され、どれほど評価されても、決して威張らない、自惚れない、慢心しないことです。

「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」ということわざがあります。「人間も、学問や徳が深まるにつれ謙虚になる」というたとえです。

社会的な地位や評価、身分、経済的優位性を身につけると、人は自分を見失い、「謙虚さ」を保つのが難しくなります。

認められれば認められるほど、頭を垂れる。これが私の考える「知性」=「謙虚さ」です。「知識」と「知恵」に加えて「知性」を持つ人は、多くの人に尊敬されることでしょう。






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