毎週木曜日は読み物の日としまして、書籍や雑誌、新聞などから見つけた学び多きエピソードを朗読の形でご紹介させていただきます。
リスナーの皆様にとっても心に響く物語が見つかれば幸いです。
それでは本日もお聞きくださいませ。
本日は、昨年のワールドベースボールクラシックWBC、そこでサムライジャパンを世界一に導き、今年から北海道日本ハムファイターズの最高責任者であるチーフ・ベースボール・オフィサーに就任した栗山英樹さんの言葉を是非とも紹介させてください。
人間学を学ぶ月刊誌「致知」、その「致知」での対談の記事ですね。
対談の記事をご紹介させていただきたいんですが、対談相手は臨済宗円覚寺は横田南嶺さんとの対談です。
この対談記事、是非とも皆様にもお読みいただければなと思うんですが、その中で私が最も印象に残ってる部分を一部抜粋してお届けさせていただければなと思います。
ぜひよろしくお願いいたします。
「夢は正夢、歴史の花。夢は現実にしなければ意味がない。やはり”なりたい”と "なる"は違います。本気でなると決めれば、自分で決めたことをやりきっていく。夢が正夢になった時に一人一人の人生が輝き始めるんです」
栗山英樹
いや、この言葉すごくいいお言葉ですよね。
とっても良いお言葉だなと思います。私が非常に印象に残ったメッセージ、是非とも皆さんちょっとページの順番は違いますが、是非ともお聴きくださいね。
横田南嶺さんが
「夢は正夢という言葉には続きがあるんですよね」と栗山英樹さんに質問されます。
その時に栗山さんはこのようにおっしゃいました。
「夢は正夢、歴史の花です。要するに、やりきって夢が正夢になった時に一人一人の人生が輝き始める。そうすると、歴史に名前は残らなくとも、誰かがその姿を見て頑張ろうと思ったり、周囲にプラスの影響を与えることができる。それを信じてやりなさいということだと思います。」
「誰にも相手されなかった中で、僕を信じてくれる人がいたことが何より嬉しく励みになりましたし、そして、この言葉がすっと入って、絶対に試合に出てやると思った時に、吹っ切れて練習に取り組むことができました。その結果、3年目に初めて開幕1軍を勝ち取り、5月末に初のスタメン出場を果たすことができたんです。」
それに対し、横田様が
「その言葉を受け止めて自分のものにされた。まさに今回のWBC優勝で歴史の花になったわけですが、選手として苦労された体験も全て、名監督を生む土壌になっているのでしょうね」って。
それに対して栗山さんが
「いやいや、僕は名監督じゃないんです。ただ今考えると、メニエール病で野球ができなくなったり、そういう経験が全部生きているというか、大きくプラスになった感じがします。命までは取られないんだからなんとかなる。そう思って前進してきました。」
謙虚にしておごらずとはこのことを言うのでしょうか、この会話だけでも本当にグッとくるものが実はありました。
そして「致知」さんの記事の中で私がもう一つ心にグッとくるものがありました。
ここを読ませていただきます。
横田南嶺さんからの質問でした。
「栗山監督が“信”ということを大切にするようになったきっかけは何でしたか?」
それに対して、栗山さんがこのようにお話されます。
「それはやっぱり、プレイヤーの時ですね。さっきも少し話しましたが、僕みたいに能力のない選手にとって、誰かから信じてもらえることほど安心できて、原動力になることはないんです。
例えば、監督から“ダメかもしれないけど、とりあえずお前行ってみろ!”ってなんとなくチャンスを与えてやるからみたいな感じで試合に送り出されるのと、“この場面はお前しかいない。ここで返ろ!、お前なら大丈夫”と思ってもらって出て行くのでは、やっぱり全然違うんですよね。
そのことを選手時代に感じていたものですから、僕みたいに実績のない人間が監督としてチームを率いるにあたって、選手の能力を発揮させるために大切な要素は”何かな?”と考えた時に、僕が心の底から信じ切ってあげて送り出すことじゃないかなと。それで実際にやってみたらやっぱり効果はすごく大きかったんですね」
横田南嶺さんが
「信じるではなく、信じきるとおっしゃっていますね?」
栗山さんは、このように切り替えされます。
「信じるというのは簡単ですけど、信じきっていないと心の中にざわつきが起こってしまうので、それで“信じきる”という言葉を使っているんです。
これは僕の経験上、すごく重要なことで、言葉では“お前しかいない、行け!”って言っても、でも心の中で“いや、この場面はさすがに無理だろうな”って思っている自分がいたりするわけですよ。そういう時はやっぱりいい結果が出にくい状況になってしまう。
その先の結果は別として、自分が本当にこの選手でいけると思って送り出しているかどうか、これがやっぱり勝っていく上ではすごく重要でした。
スポーツの場合、どうしても結果を出すことばかりに目が行ってしまうんですけど、その前にどういう姿勢で目標に向かってるかが大事だと思っています。その時に準備が足りなかったり、やるべきことができていなかったりすると信じきれない。
今回のWBCに関しては、30人の選手全員を信じきれました。場面場面で、この選手を使うという采配に一切の不安なく、“お前しかいない”と思って送り出していましたね。ですから、準決勝のメキシコ戦、3対0で7回表まで負けている試合も意外と自分が冷静でいられたのは、そういう信じ切れる選手の存在が大きかったなあ、とすごく思います」
自分を信じるために大切なこと、横田南嶺さんからの言葉
「栗山監督は以前、最後は自分を信じると言われていましたね。我々臨済宗でも修行がうまくいかないのは自分を信じないからだと、宗祖臨済禅師が端的に言っています。自分の心が仏であることを信じなさい。全ては自分の心に備わっていることを信じなさい。何遍も語録を読んでいますから、言葉の上では知ってるんですけど、なかなか自分を信じきれないものです」
「やっぱり自分自身を信じきれないと、本当に人のことを信じきれないんじゃないかと思います。でも、どうしたら自分を信じきれますでしょうか?栗山監督の場合は病気の体験をしながら、それでも自分を信じてくれる人がいる、母親が思ってくれる、それでも命までは取られない、そういうものが根底にあるのでしょうね。」
この言葉に対して栗山さんのお言葉です。
「僕にとって病気になったことはものすごく大きかったと感じます。実は、プロテストを受ける時から体調がおかしかったんです。ただ、その時は何が起こってるかわからなくて、プロに入っても隠し続けていたんですけど、2年目ですから23歳の時、試合中にめまいで倒れてしまった。いつ発作が起こるかわからないので野球もできないですし、人生終わった感じがしたんですよ。」
「どう乗り越えたのですか?」っていう問いに、栗山さんがお話なられたこと。
「まず母親の存在が大きかったですね。入院してる時に母親が“そこでも僕が寝ていると思って、泣きながら変わってあげたい”って言ったんです。それを聞いて“いや、おふくろだったら無理だけど、俺の方が体力があるから、俺だったら行けるかもしれない”ってすごく思ったんです。
その時に病気を治そうではなく、めまいがしても野球ができる方法はないかなって発想を変えて進みだしたら、だんだん症状が楽になって、野球やるのが楽しさに変わっていったんですね。あの時に比べたら“これくらいなんてことない”って思えるようになったものですから、重い病気で追い込まれたことはすごく大きかったです。
WBCの時も、“プレッシャーをどう乗り越えたんですか?”みたいなことをよく聞かれましたけど、“いや、命までは取られないので”と思っていました。」
この後に大谷翔平さんがなぜ「世界の大谷翔平」さんになられたのかっていうことも語ってるんですが、これもまたすごくためになるお話です。
ぜひ皆様、月刊誌「致知」、人間学を学ぶ月刊誌「致知」お読みいただければなと思います。
参考にしていただけると嬉しいです。
実は名古屋のとある場所で、栗山英樹さんと偶然にもお会いできたんです。
この時のエピソードは改めてお話しさせてくださいね。
めちゃくちゃ運がいい、私と牧野副社長と原ひろみ取締役。
このエピソードは是非ともタイミングを見てお話しできればなと思います。