昨日は、23年のご縁をいただいている、ある会社経営者の方とお話をする機会がありました。
私が以前の会社、社員教育研究所時代から、ご縁をいただいてる社長様でしたが、現在、今年84歳になります。
昭和15年生まれ、父より3歳年下の、83歳の経営トップの方ですが、まあとにかく、いつお会いしてもお元気です。
そして、たくさんの刺激をいただいております。
で、今回は、私自身の過去をお話いただきましたが、「まあ、朝倉さん、はずいぶん穏やかになったね」っていうことの中で、一番きつかったのが、「一番きつい」っていうのは、性格が強いって意味合いでのキツさだと思うんですが、恵比寿にオフィスを構えていた頃ですね。
ということは、2002年。
ですから、まさに今から22年前なんですね。
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ちょうど1冊目の書籍を出し、1冊目の本は「不思議と説得力のあるセールストークの秘密」っていう本でしたが、顔写真入りの営業本は当時は珍しかったっていうこともありまして、その時の1冊目の本が比較的売れました。
そしてその後、恵比寿にレンタルオフィスを借りて、月額5万9000円の家賃のレンタルを借りて、そこの研修会場をお借りし、セミナーを開催してたんですが、本当にセミナーを開催すれば必ず満席になるんですが、なかなかですね、スタッフへのお給料を払うと何も残らないという中で、本当に独立はしたものの、会社経営、まだ会社にもなっていない個人事業主として行っておりましたが、大変な時期でした。
まあ、そういうタイミングもご存知で、うちの両親も、また弟夫婦も会ってくださったことのある経営者の方ですが、昨日言われたのは、「非常に穏やかになった」と。
本当に短気でしたから、めちゃくちゃ気が短かったですし、ある意味「本当にモタモタしてることも許せなかった」っていう。
待つことができないわけですよね。
昔の私は、編み物をしてる時にも、つれた糸を切って繋げていたら、母から
「縺れたいとは、切ったらあかん!ほどき」って
「いや〜めんどくさいやん!」
「ほどかなあかん!縺れたいとは、切ったらあかん!ほどき」って。
当時から、短期は損気であるということを、母は、私のお仕事してたんではないかということを、今頃思い出すんですね。
いや、確かに短気でした。
35歳で初めて営業の世界に身を置き、2日目から飛び込み大会。
そして、飛び込み大会で2時間で36枚の名刺を集め、優勝させていただいた。
1ヶ月目から結果、成果を出し、最低新規お客様開拓は最低月3件は当たり前。多い時には8件、10件と新規開拓を行ってたわけで、1年目から新規お客様開拓はトップを取れたということもあり、「新人も、ベテランも、先輩も後輩も関係なく、新規お客様開拓だけは平等なフィールドだな」ということを当時から考えておりまして、そして、会社名を株式会社新規開拓っていう社名にしたっていうのも、社名の由来の一つでもあります。
昨日は、しみじみと「穏やかになった」っていうことをおっしゃっていただきましたが、本当に過去を振り返ったら、めちゃくちゃ短気で気が短かったなと思います。
決して、人を馬鹿にしたりとかっていうことを、おもむろに声に出したり、態度に出したり、そんなことはないですが、まあ、サボって結果を出せない人に対しては、本当にイライラしてましたね。「なんで結果出えへんねん!」と。「サボってるからやろ」と心の中で思ってました。
そして、やはり尊敬心とか、人を敬うということに対しても、結果、成果を出してる人に対する尊敬心は非常にアンテナが高くなりましたが、サボってる人は嫌いでしたね、本当に!もう、「この給料泥棒」とかって思ってましたよ。
そういうサラリーマン時代から、自分が会社経営者になって、お客様からいろんなことを教えられ、もっと言うと
「朝倉さんは経営者になりたいのか?個人で有名になりたいのか?」っていう問いかけに対し、「経営者になりたい」っていう言葉を発した時に、
「であれば、生産性のない社員に給料を保証してこそ経営者。個人事業主と経営者は違う」と。「社会保険も雇用保険も待ったなし。そこも含めて、きちゃっと保証してこそ、経営者である」と。
「いや、国民健康保険も社会保険も、実際に個人の負担率は変わらないわけだから」っていう話に対しても、社会保険労務士の先生から、
「社長、相互扶助という言葉をご存知ですか?」って。
「社長のご両親は年金もらってますか?」から始まって、「自分がもらえないから掛けないではなく、相互扶助の精神を忘れるな」っていうことを教えてくれたのも、やっぱりご縁によるきっかけでした。
社会保険労務士の先生とのご縁は、同じく22年前、2002年に恵比寿にオフィスを構え、研修をやってる時に、受講生としてご参加くださったことがきっかけで、2次会は保育園に預けてるお子さんを迎えに行って、その3歳児のお子さんを連れて、二次会の懇親会にも参加してくださいました。
その先生とのご縁から、もうあっという間に22年。
株式会社新規開拓を設立する前の、有限会社朝倉千恵子事務所時代からお世話になり、もう気がついたら21年間、ずっと私どもを会社の社労士としてのお手伝いをしてくださっているご縁もあります。
その当時、ご縁をいただいた方々も、今もずっとご縁がつながってるっていう事も、本当にありがたいなと思います。
経営者にならなかったとしたら、私はあの時のキツイ性格のまま、まさに今も「虎子」と言われてますけど、今以上に厳しかったですよ。
めっちゃキツかったと思います。
そして、お客様からも言われてましたね。
もう、再会した時にある住宅メーカーの本部長が、「朝倉さん、丸くなったね」って。「初めて会った時、朝倉さん35歳の時でした。めっちゃキツ〜と思いましたよ」って。
いやー、藤木相元先生、昨日話に出させていただきました、藤木相元先生も映像で「あれでも丸くなったんだよ」っておっしゃいましたね、10年経って。
最初会った時は「寄らば切るぞ!」みたいな雰囲気だった。そんなキツかったかなと思うんですけど...
まあ、昨日改めて、23年間、私を見てくださってる系トップの方が「かなり丸くなった」とおっしゃるんですから、やっぱりあってますよね。
いや、人間の性格って変わるんですよ。
性格、そのものが変わらなかったとしても「短期は損気」であるということ含めて、待ってるようになりますね。我慢、辛抱、無理、忍耐。
売れない社員に対しても給料保証してこそ経営者。
も、その言葉も重かったですね、本当に。
フルコミッション営業で「結果を出す人にはバンバンお給料払えばいいんだ!」っていう思考から、やはり、会社においては社員が財産。
社員の成長抜きにして、企業の永続的な繁栄はありえない。
それも社長になったおかげで学ばせていただきました。
何よりも、待つことができる。待つ勇気。
これ、私にとっては勇気です。
待ってるようになった。
我慢、辛抱、無理、忍耐!
教育は「本気と婚期と覚悟」
これを学ばせてくれたのは、他でもない社員です。
社員のおかげで、気は長くなりました。
改めて振り返って思います。
来週は是非紹介したい一冊の本があります。
その書籍のこともお伝えさせていただきますね。
チャプターを分けて、話題を変えさせていただきます。
本日も最後までお付き合いくださいませ。
今週、コメント返信の際に、オスマン・サンコンさんのことをお話をさせていただきましたが、「あの、どんなエピソードがあったのかを聞かせてもらいたい」というようなメッセージもいくつか届きましたので、私が覚えてるメッセージをお話しさせてください。
これも笑っていいのか、ちょっとどのように表現すればいいのか分かりませんが、覚えてる記憶のまんま、お話しさせていただきますね。
サンコンさんは、皆さんご存知でしょうか?
ギニア出身の元外交官で、そしてタレントとしても活躍をされていましたが、もうとにかく、もうめちゃくちゃ面白かったんですね。
なぜサンコンさんの話になったかっていうと、元々、私は視力が良くて、視力検査においては2.0、2.0であったと。
で、視力検査は2.0までしかないですから、「もしかしたらもっと見えるんではないか」って話の中で、「いやー、サンコンさんと同じように4.0かな」って話をしたところ、サンコンさんは、まさにアフリカで遠くの獲物に狙われたら困るっていう点での4.0であって「関西泉州娘が4.0っていうのは盛りすぎだ」っていうような意見が、Voicyリスナーの方からも頂きましたが、本当におっしゃる通りですよね。
もうその中で思い出したエピソードっていうのが、サンコンさんが、松田優作さん、松田優作さん、「太陽にほえろ!」のジーパン刑事。
その方が40歳の時にお亡くなりになられるんですが、サンコンさんが、松田優作さんと非常に懇意にされていて、そして松田優作さんのお葬式に参列をされた時のことを語ってくださったんです。
たまたまテレビか何かで見たと思うんですが、その時に、どういう風に、まあ所作、どういう所作をしていいのかがわからない中、聞いてみたそうなんですね。
「焼香などはどういう風にすればいいのか」っていうことの疑問があって、おそらく周囲の方に聞かれたと思うんです。
そしたら、その質問を受けた方が、「前の人と同じことをやればいい」と。「他の人がやってる通りにやればいい」ということで、サンコンさんも「前の人と同じことをやればいいんだ」っていうことで、そして、どのような所作振る舞いをするんだか、ずっと観察をされてたそうなんです。
葬儀に参列された方々が焼香する姿を後ろ姿でじっと見ながら、いよいよサンコンさんが自分の番。
そのタイミングに、
焼香を1回つまみ口に入れ
2回つまみ口に入れ
そして終わった後に故人の家族の方向に向きを変えて
「ごちそうさまでした」
と言った話を聞いたんですが、もう本当に、確かに後ろ姿ですから、どういう風にしてるか見えないですよね。
だから、その焼香を頭のところまで持って行って、それをパラパラっと置くのではなく、それを口に入れてたそうなんですよ。
1回パク、2回、パク
そして、「ご愁傷様でした」っていうそのセリフを「ごちそうさまでした」と言ったっていう。
これ本当かなと思うんですけど、その話を毎回サンコンさんのことを思い出すと思い出すんです。
まあ本当に、あの、どうでもいい話かも分かりませんが、確かに後ろ姿で、その目の前の人がどういうことしてるかって、これなかなか見えない部分ですよね。
おでこまで持って行って、パラパラ。
おでこまで持ってって、パラパラ。
パラパラを見てなくて、おでこまで持ってって口に入れてたと思った。
はい、そんな話でした。
以上。
金曜日、ちょっと箸休めネタでしたが、「これ本当かな?どうなんだかな?」と思いながらも、「いや〜流儀とか所作が分からなかったら、ありえるかな」とか思いながらね。
ご焼香口に入れて『ごちそうさまでした』って。『ご愁傷様でした』を『ごちそうさまでした』とおっしゃったっていうのも、どこまで本当か分からないですが、なんせ面白い方だったなと。
今もう、もちろんご存命で活躍をされてる方ですけどもね、年齢的にはもう75歳を超えられてると思います。
はい、ちょっとだけ参考にしてください。
Voicyリスナーの皆様、本日は私の唯一のメンターである、三山敏先生の75回目のお誕生日です!パチパチパチパチ!
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