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100年の時を超えた真心の恩返し〜日本とトルコの奇跡の絆〜 2025年10月9日

今日は私が心から感動した、心の底から感動した国と国との温かい絆のお話を、Voicyリスナーの皆様にお届けさせてください。 それは、100年以上の時を越えて、真心が巡り、命を救う恩返しとなって帰ってきた日本とトルコの物語です。 第1章 エルトゥールル号 奇跡の始まり 1890年、今から130年以上も前の明治時代。 オスマン帝国、今のトルコという国から日本との友好を願って、一隻の軍艦が日本を目指しました。 その名はエルトゥールル号。 大海原を越えて、はるばる地中海からアジアへ。 半年以上かけて日本へとたどり着いたその航海は、まさに国の誇りをかけた壮大な旅でした。 100名を超える乗組員たちは明治天皇にも拝謁し、日本の人々と心を通わせました。 しかし、その帰路、思いもよらぬ悲劇が待っていました。 1890年9月16日、和歌山県串本町の樫野崎沖で猛烈な台風に襲われ、船は岩礁に激突。 大波に飲まれ、真っ暗な夜の海へ沈んでいったのです。 エルトゥールル号 600人もの命のうち、生き残ったのはわずか69名。 絶望的な状況の中、地元の村人たちは、自分たちの命の危険を顧みず、荒れ狂う波に船を出し、必死に救助に向かいました。 その姿は、まさに人としての真心そのものでした。 冷たい海に飛び込み、濡れた体を抱きしめて温め、わずかな食料を分け合い、村の女性たちは泣きながら看病を続けたといいます。 「困っている人を見捨てることなんてできない」 それが日本人の魂でした。 当時の串本の人々の行動は、今でもトルコの教科書に載っています。 トルコの子どもたちは、こう学びます。 「日本という国には、遠い昔、私たちを命がけで助けてくれた人々がいた」 この出来事、エルトゥールル号遭難事件は、両国の絆を結ぶ奇跡の始まりとなりました。 第2章 100年後の恩返し、トルコ航空の奇跡 1985年。 時は流れ、約100年後の1985年。 中東ではイラン・イラク戦争が激化していました。 イランの首都テヘランには、200名を超える日本人が滞在していました。 そんなある日、イラクのフセイン大統領が宣言します。 「48時間以内に、テヘラン上空を飛ぶ全ての航空機を撃墜する」 世界中が凍りつきました。 各国はすぐに救出機を派遣しましたが、日本には自衛隊機を海外に出せる法律がありません。 日本人215名が取り残されてしまったのです...

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