本日は木曜日ですが、質問コーナーに質問がいくつかあります。
今日は、質問を読み上げさせていただいて、私の考えも述べさせていただきます。
1つのものの見方、考え方の参考になればありがたいです。
今日はどんな質問が来ているでしょうか。
それでは確認してまいります。
ペンネーム、匿名希望 60代女性からです。
こんにちは。
朝倉先生のお考えをお聞きしたく、投稿します。
先日、息子から小学校4年生と小学校1年生の孫を連れて、来月ディズニーランドに行くと聞きました。それ自体は素敵な思い出になると思うので賛成なのですが、「学校を休んで行く」と聞いてすごく驚きました。
私の感覚では、体調が悪いわけでもないのに学校を休ませて旅行に行くなんて考えられないことです。お嫁さんが「土日に行くと高いから」と言ったらしく、違和感を覚えました。
お嫁さんは普段とても良い方で、孫たちの面倒もよく見てくれています。ただ、こういった場面では少し考えが浅いように感じることもあります。
確かに平日に行ったほうが安いとは思いますが、そんな理由で子どもたちを学校に行かせず旅行に連れていくというのは、将来のことをどう考えているのだろうと少し疑問に感じます。
親としての判断が、子どもたちの価値観にも影響してしまうと思います。
もちろん、親が決めることなので私がとやかく言うべきではないのは分かっていますが、昔は学校を休むこと自体がとても特別なことで、親が積極的に休ませるなんてなかった気がします。
こういうことに対して、先生はどのようにお考えでしょうか?今は時代が変わったのか、それとも私の考えが古いだけなのでしょうか。
ご意見を伺えたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
はい、ペンネーム、匿名希望、60代の女性からのご質問です。
チャプターを変えて、私の考えをお話しさせていただきますね。
あくまでも、私の考えです。
これが良いとか悪いかではなく、一つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。
それでは、私の考えをお話しさせていただきます。
結論として、この問題には正解はなく、家庭ごとに価値観や状況に応じた判断が求められると思います。
1点、自分の子供の頃、親がずっと商売をしておりまして、なかなか一緒に旅行に行けないということはもちろんあったんですが、私の両親が私たちを旅行に連れて行きたい時に、一番重視してくれたのは、私と弟の意志でした。
「お店を休んで旅行行くけど、あんたらどないする?」って
その時に、私は皆勤賞をもらってましたので、
「私は行かへん!皆勤賞を取る!学校休まれへん!」
自分の意志で判断、決断をしたっていうことを、今回ペンネーム匿名希望さんの質問によって思い出しました。
常に意思を両親は尊重してくれていたんだなということに気づいたんですね。
旅行に行きたくないのに、親の都合で無理やり行かされたっていうことは一つもなく、
「旅行企画するけど、お店休んでせっかくやから旅行企画するけど、あんたらどないする?」って、その時に
「行かへん!なんでかって言うと、学校休むわけにいかへんから!」って。
自分の意思を明確に伝え、もうそんなしゃあないなっていう風な形での決め事が多かったなということを改めて感じましたね。
本当にこの問題は、様々な家庭ごとにいろんな価値観がありますよね。
例えば、現在においては、家族旅行や特別な体験を理由に学校を休ませることについて、賛否が分かれます。
一部の親は、家族の思い出作りが大事。費用、混雑回避を利用に平日に旅行を企画する。
それに対して良い悪いかではなく、子供の学びの場を奪うリスクをどのように考えるかっていうこともありますよね。
私は学校を自らの意思で休まないと決めたのは、小学校3年生からです。
2年生の時は登校拒否で75日間休みました。
それでも、自分の意志で学校に行くと決めるまでは、おそらくそのまま休んでたのではないかなと思うんですよね。
例えば、親が「何で遊んでるの、学校行きなさい」とかって言って、強制されたわけではないんですね。
自分は自分の意思を持って、2年生ですよね。
まだ8歳、7歳、8歳のタイミングであったとしても、結論から行くと、最終的には自分の意思を尊重してくれたんだなと思った時に、私の親は心配はもちろんしてたと思うんですが、信頼してくれてたのではないかなと思うんですね。
自分自身の意思で学校を楽しむ、自分の意志で休みたい、行きたくない、もう学校に絶対行きたくないと思ったのは、明確な理由があったからです。
サボりたいからではないんですね。
先生の一言で傷つき、やっぱり行きたくないって、この本当に頑なな自分の意思を、逆に尊重してもらえたっていうことも、後になって心配ではなく信頼してくれていたんだなということも、とってもよく感じる部分です。
家庭によって、それぞれの価値観がありますね。
学校教育のあり方も、これからはどんどん変わっていきます。
なぜならば、人工知能 AIの出現によって、暗記を主体としてた教育のあり方は、おそらくこれからは重要視されません。
それ以上に、暗記以上にどのように情報を加工し、編集し、自分の言葉で自分の意思を乗せて伝えることができるのか。
依存型ではなく、自立した子供たちを育てていくためのあり方が求められていくのではないかなと思うんですね。
今回の件に関しても、例えば私世代の60代を超えてる人であったり、また、もう休まないのが当たり前っていうような感覚で育った我々世代から見ると、きっとその価値観は理解できない部分もあるのかもしれませんが、大事なことは、子供の未来にとってどの選択が一番いいのかなんですね。
お金では買えない思い出作り。あの時、楽しい思い出ができた!そして一生忘れられない思い出。これはもうね、タイミングっていうのはもう絶対に譲れない部分もあると思うんですね。私が子供の頃に自分の意思を尊重してくれたように、自分の意志だから旅行に行けなかったことに対しての恨みつらみはありません。
ですが1点だけ、親が忙しすぎて、習い事ができなかった時に、やっぱり無理を言えない自分がいて、高校生時代に母に、
「私なってバレエやりたかった、ピアノを習いたかった、なんで習い事をさせてくれへんかったん?」って言った時に「もうそんな余裕なかったわ...」って、本当にその通りだなと思ったんですね。
でも、大人になってやろうと思ったら、大人のバレーもあれば、大人のピアノ教室もあれば、今YouTubeで学ぼうと思ったらいろんなこと学べますからね。
やはり、子供の意思をいかに尊重するかと同時に、大人の都合も理解できるようになるのは、うんと自分が年を重ねてからということもありますね。
今回の問題に関しては、家族間でどのようにするのかっていうことで、決めたことに対しては、ああでもない、こうでもないと、私たちが強制することはできないと思うんです。
私は子供の意見を尊重するっていうことが、実はものすごく重要だと思ってるんですね。
子供たち自身が学校をものすごく楽しんでいる場合、無理に休ませると不満やストレスを感じることになります。
親が勝手に判断しないで、子供の気持ちを聞くことも大事ではないかなと思いました。
もう一つは、時代の変化と柔軟性という点において、昔と比べて家庭ごとに価値観やライフスタイルは本当に多様化してますよね。
だからこそ、親子で納得した上での決定が重要だと思います。
子供が小さいから、まだわからないからではなく、子供ももう小学校に入ると、自分の意思を持ち始めようとします。
だからこそ、強制ではなく、子供の意思を尊重していくっていうことを大事にしたいなと思うんですね。
3歳とか4歳5歳だったらまだ意思はないです。
ですが子供たちも小学校に入り、そしてここからいよいよ自我が目覚めてくるタイミング。
そんな時に子供たちはどういう意思を持ってるのかっていうことを、親子で話し合って決めること。
そして決まったら、それはそれで尊重するっていうこともありかもしれませんね。
私たち世代、おじいちゃんおばあちゃんが、「昔は!」とか「俺たちの時代は!」とか「今は子供を休ませるなんてやめなさい!」とか、こうやって強制することではなく、最終的には子供たちが国の宝として、どのように成長していくのかっていうことを、心から見守っていきたいなと思います。
子供の気持ちや教育的影響を十分考慮することが、何よりも大切ではないかなと思うんですね。
大人の価値観に子供たちを縛らない
大人の価値観で子供たちを強制しない
それよりも何よりも、子供たちはどのような価値観、感覚を持ってるのかっていうことを、子供だからと決めつけるんではなくて、意思を聞くっていうことも大切だと、私はそう思います。
参考になりましたでしょうか。
何か参考になれば、ありがたいなと心から思います。