「こうでなければイヤだ」と執着せずに、「ならなくてもいいけど、なったらいいな」と考えると、不思議な力が助けてくれる 淡々と過ぎていく普通の毎日が幸せの本質です あれが欲しいこうしたいこうなりたいという思いが強ければ強いほど「苦」は大きくなります。悩み苦しんでいる人ほど強い思いを抱いているものなのです。 人間の欲望、欲求執着には際限がありません。足るを知る。これに気がつかない限り人間が幸せになることはないでしょう。 子どもは親の「言っていること」ではなく「行動」を見ている。 悩み、苦しみ苦悩、煩悩とは何かを自分の思い通りにしようとした瞬間に生まれるのです。 人間がほんとうに心の底から幸せを感じられるのは喜ばれた時です。 神が、人間の成す行為の中で好きなものはどんなものだろうと考えていたら、「そ・わ・か」の3文字に思い至りました。「掃除」の「そ」「笑い」の「わ」「感謝」の「か」~そわかの法則~ 目の前の人を大切にし、目の前のことを一つひとつ大事にやっていったら、その「念」を入れた生き方は、必ずや“未来”に繋がっていくでしょう 「困ったときに、いかにお金を集めるか」ではなく、「人が困っているときに、いかに自分の富を吐き出せるか」 努力をしても、望みが叶うわけではない。あらゆることに不平不満を言わないことで神様や宇宙を味方につける。 やりたければやればいいし、やりたくなければならなければいい。その結果が自分に返ってきて「自己完結」します。 「人に迷惑をかけたくない」と意気込むより、「迷惑をかけながらでしか生きられない」と思い、周りの全てに感謝する。 力を抜いて、楽しい方を選ぶ。 母親の役目は「あなたはそのままでいいのよ」と、子供を肯定して個性を伸ばしてやること。 「幸福」と思うか「不幸」と思うかは、全て私の心次第。 「今の自分で十分だから、ありとあらゆることをニコニコ笑顔で楽しみながら生きていく。」というように考えると、体中が生き生きと活性化しありとあらゆる能力が高まっていくようです。 “過去”を悔やむ事はなく“未来”を心配する事もなく、ただ一つ考えているのは「念を入れて生きる」ということ。 明日という日は永久に来ない。常に今日、今、目の前の人を大事にし、今、目の前のことを大事にし、やるべきことをひたすら大事にやっていく。人生はただそれだけである。 他人と比べる...
毎週水曜日は、リスナーの皆様からの質問にお答えするコーナーです。 仕事のことや、人生のことで知りたいこと、悩んでいること、お寄せいただいたご質問に私の考えで答えさせていただきます。 1つのものの見方、考え方の参考にしていただけるとありがたいです。 今日はどんな質問が来ているでしょうか? 今から見に行ってまいります。 ペンネーム、ひまわりさん、40代女性からです。 質問内容です。 こんにちは。 職場での人間関係について、朝倉先生にご意見を伺いたく、メッセージしました。 最近、職場の20代の若い同僚たちから「ひまわりさんって、お母さんみたいですよね」と言われることが増えてきました。悪気はないのだろうし、むしろ親しみを込めて言ってくれているのは分かります。 でも、正直そのたびに複雑な気持ちになります。 子どもがいない私にとって「お母さんみたい」という言葉は少し重たく感じることがあるんです。 「面倒見がいい」とか「安心感がある」といった意味で言ってくれているのだと思うのですが、どこか自分が中年女性としてしか見られていない気がして、少し距離を感じるようになってしまいました。 彼女たちと良い関係を築きたいとは思うものの、この言葉をどう受け止めればいいのか、正直まだモヤモヤしています。 悩むようなことでもないのかもしれませんが、こういう場面での向き合い方や、気持ちの整理の仕方についてアドバイスをいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。 はーい、ペンネームひまわりさん、このご質問に対して、チャプターを分けて、チャプターを変えてお話しさせていただきますね。 私が文章を読ませていただいて感じた、率直なことも今日はお話できたらなと思います。 ひまわりさん、ご相談ありがとうございます。 とっても繊細な心の動きを感じるお悩みで、ひまわりさんが同僚の方々との関係性を大切に思ってることが十分伝わりました。 まず、「お母さんみたい」っていう言葉に対して複雑な気持ちを抱かれるのは、当然、自然なことです。人が何気なく口にした言葉でも、自分の経験や状況によって響き方が違うのも事実です。 その感情を否定する必要は全くないと思います。 そんな中で参考になればと思うんですが、まずはですね、ポジティブな意図に焦点を当ててしまうということですね。 ちょっと、いくつかのポイントでお話をしたいんですが、 ま...