「おばあちゃんのおにぎり」 丸山令子さん 東京都 1963年生まれ
私の一歳違いの方のメッセージです。ね。
私が4歳になったばかりの頃です。
5月のある日突然鹿児島から祖母が家にやってきました。母が出産のため入院するので、その間家のことお手伝いに来てくれたのでした。
遠く離れて住んでいたため、なんだか初めて会う人のような気がして、私はうまく話せませんでした。
父は仕事で朝早く出かけてしまうので、祖母と私の二人の生活です。母が恋しいのと、祖母への照れくささから、食事を並べてもらっても、一口か二口食べて、すぐにテレビのある居間へ走って行きました。
「令ちゃん、もっとちゃんとご飯食べないと駄目だよ」と祖母が言うので、
「おばあちゃんの作ったご飯は、ちっとも美味しくないもん！」と言い返していました。
「それにそのエプロンはお母さんのだよ。おばあちゃんでぶっちょだから、全然似合ってないもん！」
それでも祖母は「そうだね。でもおばあちゃんにもちょっと使わせてね」と言ってニコニコしています。
なんだか自分のやってることも、言ってることも、全部嫌なことのような気がして、私は悲しくなりました。
父も祖母も、もちろん私も大喜びです。
私は前の日から風邪気味でしたが、赤ちゃんを見たくって奥の部屋に行こうとしました。
すると父が「令ちゃんは風邪がうつるから、今日だけは奥の部屋に行かないでね」と言います。
私は、母と赤ちゃんが帰ってきた嬉しい気持ちが、ぺちゃんこになったように思いました。悲しいような、怒りたいような、変な気分です。
「絶対に私、赤ちゃんのお部屋に行くもん！」私は襖を開けて廊下を通って、奥の部屋に行きました。部屋のドアを開けようとすると、全く動きません。滅多に掛けない鍵がかかっていたので
「開けてよ！開けてよ！赤ちゃんに会いたいよ！」
すると中から母の声がします。
「令ちゃんお風邪が治るまで我慢してね。生まれたばかりの赤ちゃんにうつると大変だからね」
私は開かないドアの前でわーわー泣きました。
母が入院した時からずっとずっと我慢してきた涙でした。
泣きながら台所に戻ってくると、祖母がなだめるように言いました。
「令ちゃん風邪が治れば、赤ちゃんに会えるからね。夜ご飯食べて元気出しなさい！」
台所のテーブルにはご飯の準備がしてありました。
「おばあちゃんのご飯やだもん。お母さんが帰ってきたから、お母さんのご飯が食べたい！」そう言ってまた大声で泣きました。
祖母はちょっと考えている様な顔をして、炊飯器の蓋を開けいました。そして手でくるくると小さなおにぎりを作ると、ポイッと泣いている私の口に入れました。
何も入っていない塩だけのおにぎりでした。
私は泣きながら、ももぐもぐ噛んで飲み込みました。
「おばあちゃん、今の塩塩おにぎりおいしい。もう一個作ってちょうだい！」
祖母はにっこりして、小さいをさらに三つおにぎりを乗せてくれました。私はペロリとそれを平らげました。食べ終わってからようやく涙が止まりました。
鍵のかかった部屋にはもう行かない。風邪が治れば赤ちゃんにも会えるんだから。お腹もいっぱいだし、一人でお風呂に入って寝よう。
翌日、祖母は遠い田舎へ帰っていきました。
私は「ずっと悪い子でごめんね」と言いたかったのだけど、モジモジしたままバイバイをしました。祖母はいつものように、ニコニコしながらタクシーの窓から手を振り、そのまま駅に行ってしまいました。
でも一年後に祖母は心臓の病気で天国に行ってしまったのです。
私の心の奥にしまっていた「おばあちゃん、ごめんね」の一言は、とうとう行き場を失って、氷のように私の心に深く深く突き刺さりました。
あれから随分たくさんの月日が経ちました。
私は結婚して母親になりました。
「ママ、ママ！台所ばかりにないで、私と遊んでよー！」と4歳の娘がせがみます。
「ママは今お夕飯を作っているからね。ほらほら口開けて」小さいおにぎりを娘の口にポイッと入れてあげますね。
「うわー美味しいね！ママ、これ何のおにぎりなの？」娘がおにぎりをほっぺたいっぱいに、頬張りながら尋ねます。
「これはね、ママのおばあちゃんが教えてくれた、塩塩おにぎりなんだよ。機嫌が治る魔法のおにぎり。ママとママのおばあちゃんしか知らない秘密のメニューなんだ！」
娘は「それじゃあ、今日から私も秘密に混ぜてね！」と言いながら嬉しそうに居間の方へ戻っていきました。
私は、台所の小窓から見える夕焼けに目をやりながら、いつも変わらなかった祖母の笑顔を思い出していました。
心に突き刺さった氷の欠片が、ほんの少し解けたように思いました。
終わり。
いかがでしたか？
私も子供の頃、本当に幼い頃、祖母に育ててもらったっていうこともありまして、このお話やっぱりグッとくるものがあるんです。
祖母のお料理はシンプルでした。そして祖母の白菜だけの水炊きが私は大好きでした。味覚も祖母と全く同じで、二人で鯖であたってしまったが故に、光り物が恐くなってしまったり、祖母も私もタコとかイカが好きでした。
祖母が塩と水だけで作ってくれる茶碗蒸しのような卵焼き、今私がそれを作れるようになりました。父は亡き祖母の味が大好きだったんでしょう、私の卵焼き「あんたの卵焼きが食べたいわ！千恵の卵焼き、あと何回食べられるんかなー...」って言って、私の卵焼きをものすごく好んでくれました。
南海線の貝塚駅に着いた時「何か買うていくものある？」って言ったら
「卵だけこうてきて、あんたの卵焼き食べたいねん」って言ってくれましたが、私の卵焼きの味は、祖母の卵焼きの味です。
このエピソードも本当に、祖母を想いださせていただいた、素敵なエピソードでした。
Voicy リスナーの皆様の心に、少しでもお役に立てればありがたいです。
ボイステック革命 GAFAも狙う新市場争奪戦 緒方 憲太郎 (著)
